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「会社で働いてます」が「趣味」になる日

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 私も言いたい。生きるための最低限の糧を得るため以上には、働きたくないでござる! 建前全部取っ払った、偽らざる本音です。

 大体、田舎で育った2代目サラリーマンの子女は、祖父母の「戦争さえなければ…」は耳にタコができるくらい聞いているはず。あと、「農地改革さえなければ…」みたいなの。都市伝説じゃないよ、本当にあったお話。

 昔は、働かないで生きていくためには、財産、資産が必要だった。今もそりゃあるに越したことはないけど。でも、その「昔」は、親が決めた相手へ娘を嫁入りさせるにあたって、立派な嫁入り道具を準備して、お仕度にかかわる人みんなに「ご祝儀」をお渡しして、着物も用途に応じて何枚も仕立てて持たせることが「普通」だった時代。あるいは、自宅に大広間と続きの間があって、そこで一族郎党の「冠婚葬祭」を行うのが「普通」だった時代。

 今は、そんな支度をできる親御さんがいる家庭は、「普通」よりもかなり恵まれているといえるだろう。今の「普通」は、新宅の二人でできる支度をして、生活に困ったらお小遣いをもらいに実家に遊びに来なさい、になっている。
 こういった卑近な例だけでも、「普通」の示す内容が、時代によって大きく変わったことが分かる。

 また、もう一つ例を引けば、女性が一生のうちに生む子供の数は、1975年に2人を切っており、人口減少は既定路線。見方を変えれば、日本は40年以上前から、「誰も経験したことのない少子高齢社会」になるような施策を繰り返してきたともいえる。単年度における「誰も経験したことのないレベル」の差は小さくても、長い年数分が重なれば、大きなボリュームになっているのは当然だ。
 
 具体的にいえば、40年以上前は、一人の女性が子供を2人以上生み、国の人口が増えていくことが「普通」だった。でも、平成28年版 少子化社会対策白書では、1.42人しか生んでないと報告されている。今は、国の人口が減っていくことが「普通」になった。正反対だ。

 そして、現在、子供を産む世代である20代、30代は、私たちの世代よりもよほど世の中への理解が深くて、マネーリタラシーは高い上に、キャリアプラニングも大学時代から叩き込まれて、人生についての考察も進んでいる。

 インターネットがもたらした集合知の集積は、一人ひとりの知識(にアクセスできる)レベルを大きく向上させた。私は「いま」知らなくても忘れてもいい、ただ、この端末の向こうに知識の海があることを知っているだけで大きく違う、ってねえ! ものすごいことですよ。

 その若い世代から、「そんなに」働かなくてもいいのでは? という視点が出てきているのは、まあいろいろな情勢が絡んで必定ともいえるけど、やっぱり本質のところは、「これまでの常識」では大破れにしか見えなかったことが、「常識」になりつつあるということだ。

 体壊すまで「そんなに」働かなくてもいいのでは? 物欲を充足させるためだけに「そんなに」働かなくてもいいのでは? 郊外マイホームから往復2時間通勤電車に乗って疲れ果てるよりも、条件をそぎ落とした物件を借りて会社の近くに住めばいいのでは?

 驚くなかれ、どれも道理だ! そして、どれも40年前なら「馬鹿を言うな」と一笑に付されていたに違いないことだ。

 こうして考えていくと、若い世代は、知識を得て、合理性という武器を手に入れたように見える。経済合理性といってもいいかもしれない。その場合、取引に出されているのは、自分の人生、自分の時間という、誰でも持っているものだ。
 昔の若人も当然、自分の人生、時間を持っていたが、それが世界との取引のチップになることに気づいていた人はごくまれだった。人生は、起きたことの結果により形成されるものだった。今は、自分の送りたい人生にするために、構成要素を選ぶ時代になっている。

 いいですか。人間は死ぬ。100パーセント死ぬ。心臓病か、癌か、その他の外傷か、原因は種々あり得るが、結末だけは決まっている。
 ではどうするか。
 仕事でも、完成形、結末から考えて設計図を書いていくのは社会人の知恵の一つだが、どこで、誰と、どうやって死ぬかはコントロールできない。いつ死ぬかは誰にもわからないからだ。

 でも、死ぬときに、どう思いながら死にたいか、はコントロール可能だ。
 あれもこれもしておけばよかった、でもできなかった。ただし、我慢して仕事を続けたことは自慢で、死の床での慰めだ!って思いながら死ぬのを、(意外に思われるかもしれないが)私は全く否定しない。実際、祖父はそうやって慣れぬ仕事を長く勤めて、子供を4人育てて亡くなった。

 ただ、その我慢強い祖父の不肖の孫たる私は(若くない例だけど!)、もう「そこまで」、仕事というものに自分の人生を投資したくない。理由は、自分でコントロールできない要素が多すぎるから。利害関係者が多すぎるし、資金を引き上げる(仕事を辞める、変わる)ときも制約が多すぎる。

 だから、コントロールできる市場、容易に勝てる(=投資へのリターンや満足度が高い)市場に資金を投資して、あれもした、これもしたぞ!と思いながら死にたいとしみじみ思っている。ただ、この考えも、まだ現在の「常識」からすると、異端とみなされがち。

 幸い、慧眼な先人たちのおかげで、人生を株に例えて「会社に人生注ぎ込み=一社のみを全力買い」は危なすぎる、という理解は広がってきたので、そのうち、少しずーつ「常識」が変わっていくと予想している。

 「えっ会社で働いてるの?」
 「そうなの、今の会社で働くのは、私に向いてて好きー!」 

 というやり取りがフツーになされる時代に早くなりますように。
 向いてて楽しいから会社で働くよ!という人を、止めるつもりは全くないし、むしろ督励されるべきだと信じている。
 自分の得意なことだけをして過ごすのが人生の幸いですよ!!

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70歳まで現役?冗談でしょ!

数日前から、Yahoo!のpoll、投票が、面白いテーマで行われていますね。

Yahoo!ニュース意識調査 70歳まで働きたいと思う?



これねえ、私、えー、 絶対働きたくない! って思っちゃった。



大きな理由は、年金。

今の受給世代に比べたら、「払った金額が多くなる」世代だけど、

障害年金の制度もあるしと思って、真面目に年金払って来てるし、

ねんきん定期便もチェックして、60歳定年制と年金制度の維持を期待してますよ。

つまり、収入が生きていけるだけあるなら、働きたくない。

(でも、今回の投票項目に、そういう選択肢はない。なぜー)



そうそう、年金の世代間格差についてはコチラ↓↓

厚労省の説明ページ(まんがなので読みやすい!)




上の厚労省HPでは、年金制度は健康保険制度と同じ、と説明がなされています。

ちょっと、なるほど!と思った。

というのも、オバマケアを非難したアメリカ市民の考えがわからなかったときに、

Khan Academy で受けた授業の中で、違和感を覚えた記憶があったから。



「交通事故の保険は、車に乗る人=事故を起こすリスクを持つ人だけが入るでしょ?

 それを、車に乗らない人も含む、全国民で負担しあったりしないでしょう?

 健康保険も同じで、病院へ行くリスクのある人が入ればいいのであって、

 病院へ行かない人も含む、全国民が負担する必要はない。」



というのが、アメリカ人として理解している、オバマケアに反対する人の意見だと説明を受けたのでした。

(私の英語の理解力が及んでなかったら、ごめんなさい。)


でも、ええー?それって同じかな?と不思議に思えました。

同じ?同じかな?今でも不思議。



ただもちろん、今の日本の国民皆保険制度においても、

同様の「なんか不公平…」という感情が沸くのも理解できるので、、

保険を使わなかったことに対するインセンティヴはあっていいと思う!

(最近、無事故にreward、ご褒美を出す交通事故保険が、業界初!ってCMしてますね。)



この辺りは、「マキシミン原理」の説明が、しっくりくる気がします。

覚えた概念は使いたい年頃です!

マキシミン原理
(まきしみんげんり maximin principle)

ゲーム理論で用いられる用語。 行為者にいくつかの選択肢があるとき、 それぞれの選択によって最悪でも得られる利益に着目し、 最悪の場合の利益が最大になるものを選ぶ戦略。マキシミン戦略。 「自分の最小(minimum)のもうけを最大化(maximize)する戦略」と覚えよう。

たとえば、二つの選択肢AとBがあるとき、 Aを行なうと、最高で10000円のもうけを得るが、 最悪では500円しかもうからない。 他方、Bを行なうと、最高で8000円のもうけを得るが、 最悪でも1000円もうかる。 この場合、「最小のもうけが最大になるようにせよ」 というマキシミン原理に従えば、 最悪でも1000円もうかるBを選ぶことになる。 悲観主義的な態度、守りの態度とも言える。

また、ロールズは『正義論』において、 原初状態における社会契約においては、 マキシミン原理を採用すると論じている。 というのは、ロールズによれば、 通常は期待効用を最大化する選択肢を選ぶのが合理的とされるが、 一回きりの人生の場合は、 「最悪のケースがいちばんマシなものを選ぶ」 というマクシミン原理が合理的だからである。 このマクシミン原理から格差原理が導きだされる。 詳しくは正義の二原理を参照せよ。

ミニマックス原理の項も参照。 (11/17/99)

ゴティエの 「相手がどんな選択を行なおうと自分の受けとる最小の効用が 極大化するような戦略」 (デイヴィッド・ゴティエ、『合意による道徳』、 小林公訳、木鐸社、1999年、95-6頁) という説明もなかなかよい。え、よけいわかりにくい? (11/23/99)

KODAMA Satoshi
Last modified: Fri Jan 28 06:48:12 JST 2000

https://plaza.umin.ac.jp/kodama/ethics/wordbook/maximin.html






結論から言うと、

年金制度がんばれ!!私は60歳以降は働きたくないから!!

という記事でした。




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